開発責任者が語る、クラフツマンの機能
2014.11.12 UP
みなさん、こんにちは。開発責任者の橋本直樹です。 私がクラフツマン25周年記念モデルについてご説明するのも3回目となりました。今回は、クラフツマンの機能的な面についてご説明したいと思います。

Time Crafted To Perfection

「Time Crafted To Perfection」というブランド理念を体現するフラッグシップモデルとして開発されたクラフツマン。 その製品コンセプトは、実使用時における”究極の実用性”を追求するというものです。 前項までは、その装用感や長きに渡る使用を想定した耐摩耗性など、外装についての解説をしてきましたが、今回は内部の機能的な解説をしたいと思います。 「いかなる状況でも、正確な時刻を知る」ということが、時計に本来求められる最も重要な機能です。 このクラフツマンでは、様々な外部環境の変化にさらされても、確実に正確な時刻を知ることが出来るよう、特殊技術を随所に採用しています。

トリチウム発光システム

クラフツマンでは、暗闇でも時刻を瞬時に読み取るために、トリチウムマイクロカプセルによる自発光型イルミネーションシステムを、全てのインデックスと針に採用しています。 通常の蓄光型は、吸収した光を放出する原理のため、時間とともに光度が低下していきますが、トリチウムによる自発光型は、24時間昼夜を問わず自ら発光していますので、長時間暗闇に置かれ続けても光度が低下することなく視認性が持続します。

消灯直後の画像。左がクラフツマン。右はスーパールミノバ。消灯直後はスーパールミノバの方が明るい。

消灯3時間後の画像。左がクラフツマン。右はスーパールミノバ。スーパールミノバは時間の経過とともに光が弱くなるが、トリチウム発光システムは常に同じ強さで発光する。


このトリチウム発光システムは、もともとラジウムに変わる軍需用の発光塗料として開発されましたが、スイスのMBマイクロテック社が、ガス化したトリチウムを微細なガラス管に閉じ込めるマイクロカプセル(トリガライト)技術を開発し、軍事用の腕時計に採用されるようになりました。 そもそもトリチウムマイクロカプセルの発光原理と安全性について、正しく書いている記事をあまり見かけないので、この機会に少しご説明をしたいと思います。 トリチウム(三重水素 H3)は水素の同位体で、β線という放射線を発する、いわゆる放射性物質です。実は空気中や海水といった自然界にも微量ながら存在している物質で、これ自体が光を放っているわけではありませんし、微量では人体に害をもたらす物質ではありません。 その発光原理は、カプセル内に充填されているトリチウムガスから発せられるβ線が、カプセルの内壁に塗られている蛍光塗料にぶつかることで、蛍光塗料が励起(エネルギーを得る)され、発光するという原理です。

トリチウムマイクロカプセルの発光原理図。トリチウムガスが放出するβ線が、管の内壁に塗られている蛍光塗料にぶつかることで発光する。

クラフツマンでは時計の針とインデックスにトリチウムマイクロカプセルを設置。


このトリチウムから発せられるβ線には半減期という減衰時期があり、トリチウムの場合は12.32年とされていますので、原理的には約12年間は光の強さが持続し、それ以降は半減するということになります。 とはいえ、半減期を過ぎてもβ線は放出され続けますので、おおよそ20年程度は暗闇で視認性を確保できる技術であると考えられています。 また、その安全性についてですが、そもそもβ線というのは放射線ではありますが、非常に微力でその射程は僅か数ミリ程度しかありません。 つまり、トリチウムをカプセルごと飲み込むようなことがない限りは、時計のマイクロカプセルが万が一割れたとしても、数ミリしか届かないβ線が体の内部まで入ることは通常ありません。 また日本の厳格な安全基準では、時計に使用するトリチウムのβ線量が925MBQ以下でなくてはならないと規定されていますが、当社でもその規格値に則り製造しています。 2005年からの法改正により、その規格内の証明である【T25】の表示義務はなくなりましたが、当社では安心してお使いいただける印として、T25の表示を文字盤に印字しています。

5時と6時のインデックスの間に、安全基準内であることを示す【T25】を表示。

5時と6時のインデックスの間に、安全基準内であることを示す【T25】を表示。


強化耐磁構造

クラフツマンでは時計を磁気から守る方法として、ムーブメントを軟鉄で完全に覆ってしまう「軟鉄インナーケース構造」を採用することにより、64,000A/mを超える超強化耐磁性能を実現しています。 そもそも腕時計の正常な動作に影響を及ぼす天敵として、水や埃、振動・衝撃などの物理的なストレスは一般的に知られていますが、目に見えないところで大きな悪影響を及ぼすものに、磁石や電流によって生じる”磁気”があります。 クオーツ、機械式を問わず、時計のムーブメントには多くの金属製部品が使用されており、そのほとんどが磁気を帯びやすい強磁性体で出来ていますので、磁気に接することにより針が遅れたり、場合によっては完全に止まってしまうこともあります。 さらに、機械式時計の場合は磁気から離しても残留磁気の影響で精度がもどらない”磁気帯び”の状態になってしまいます。ひとたび磁気帯び状態となったムーブメントは、特殊な装置によって磁気を取り除かない限り元の性能に戻ることはありませんので、様々な電子機器に囲まれながら暮らしている私たち現代人にとっては、磁気は最も注意しなければならない時計の天敵であると言えます。 当社のアフターサービスにオーバーホールで持ち込まれる時計の中でも、実に半数以上が程度の差こそあれ磁気帯び状態となっていますので、いかに今の日常生活で時計が磁気にさらされやすい環境にあるかが想像できます。 その磁気から時計のムーブメントを守る方法として、軟鉄のインナーケースは極めて有効です。 軟鉄は主に鉄(Fe)を主成分とする軟磁性体で、磁力線を屈曲させて外に逃がす効果がありますので、ムーブメントを軟鉄で覆うことで、内部に磁力線を届きにくくするシールド効果を発揮します。

クラフツマンの軟鉄耐磁構造。軟鉄は磁力線を屈曲させて外に逃がす効果がある。

ダイヤルの縦スリットの下に、ムーブメントを磁力から守る軟鉄が見える。


クラフツマン25th Anniversaryモデルでは、専門機関による耐磁性能評価試験にて、実に64,000A/m以上という驚異的な耐磁性能を有することを確認しています。 また、影響は受けるものの、実測値80,000A/mまでは使用できるレベルであることも確認しています。 これは、日本工業規格JIS B7024の2種で定める強化耐磁時計の規定値、16,000A/mの実に4倍以上の耐磁性能ということになります。 参考までに、身近なところでの磁気を発する工業製品の磁気力表を掲載しておきますので、ご参考ください。

専門機関での耐磁試験を受けるクラフツマン25tn Anniversaryモデル。

主な家電製品の磁気力表


強化耐衝撃構造

磁力とともに、落下や打撃による衝撃もムーブメントに悪影響を及ぼします。 100個以上ものパーツによって構成されている機械式ムーブメントは衝撃に弱く、僅かな歯車の欠けなどによっても正常に作動しなくなってしまいます。 クラフツマンでは、衝撃によりムーブメントへかかる負荷を低減するために、外側ケースと軟鉄インナーケースの間に、樽型の衝撃吸収ガスケットを8個装填し、さらに裏蓋と軟鉄インナーケースの間にも、円状のO型衝撃吸収ガスケットを配置することで、時計に対して横と縦の両方向からの衝撃からムーブメントを守る強化耐衝撃設計となっています。 時計の落下や、打撃に対しても衝撃吸収ガスケットが内部のムーブメントをしっかりと守る構造は、実使用時のさまざまな衝撃から時計を守り、正確で安定した動作を実現しています。

外側ケースと軟鉄インナーケースの間に、樽型の衝撃吸収ガスケットを8個装填。さらに裏蓋と軟鉄インナーケースの間にも、円状のO型衝撃吸収ガスケットを配置した。